大阪・関西文学 1995年年末時代小説特集に執筆
維新秘話 
一 木枯らしの暗殺
文久二年がくれてゆくその夜、武家屋敷の塀がならぶ江戸の麹町を、歌会からの帰りをいそぐ身分のある侍が二人、ちょうちんを手に、いいご機嫌で語りながら歩いていた。
 月のないまっくらな空を、切りさくような唸りとともに、木枯らしが走りぬける。
 鐘楼につりさげてある、万貫をこす大きな釣り鐘がゆれた。
 樹齢三百年にもなる上野寛永寺のいちょうの巨樹は、ちいさい葉ものこさずに落とし、冬をきりぬけようとしている。だが木枯らしが、その小枝までひきちぎろうとするのか、まっ黒なうなりをあげ、巨樹をおそっていた。
 いつもは護衛の侍を、七、八人はしたがえているが、あと十日たらずで、正月をむかえるご用おさめの今日は、護衛の侍たちも、今年の勤務をすべて完了、はやばやと自宅にかえった。そのあとの歌会とは、名目ばかりの忘年会のかえりだ。
 そこは武家屋敷の塀ばかりがたちならぶ麹町の、ひと気のない夜道である。
「塙(はなわ)さん。なんだかんだといっても、幕府は永遠ですなあ」
 ちょうちんを手に、道ばたに放尿しながら、ひとりが感嘆の声をあげた。
「そうよ。ここで朝廷を 根っこから 解体しておけば、もはや将軍に弓をひく者どものよりどころが、永遠になくなる」
 もう一人も 袴のすそをまくりながらの、さきほどからの話のつづきである。
 つれ小便という。
 生理学では、小便は膀胱に満ちると、尿意をもよおすとある。
 だが男の膀胱は いつも学問に無縁だ。
 今夜のごとく いささか酒がはいると、連れが道ばたに湯気をたてて排尿し、肛門からやんごとなき快音を発したというそれだけで、男はそれまで、まったく感じてさえいなかった尿意が、下半身にとつぜん発生し、はや一刻の猶予も待たれぬかのように、尿道をせきたてるのだ。
 塙とよばれた男は、大小を腰にして、黒繻子の羽織に白たびの高級武士である。
「はなわ」と文字のあるちょうちんを手にしていた。
 塙次郎忠宝。
 幕府和学講談所頭取補佐という、学問の中枢の地位にある国学者であった。
「奈良平安から、千年以上もつづいた朝廷を解体しようとは、安藤対馬守さまは さすがに、幕府の筆頭閣老。胸のすくような、大たんな武断策じゃ」
 忠宝の身辺を護衛をかねた、歌好きの中川唯佐衛門という旗本だった。忘年会くらいの酒は のんだうちに入らぬ。忠宝が自分の屋敷に連れかえり、二次会として 飲みなおそうというわけだ。
「皇女和の宮を、将軍家茂公の奥方にしようとして、天皇の周辺の公卿たちに、何万両の大金をばらまかれたのに、孝明天皇はうんといわない。そこで退位をせまったら、これもうんともすんとも返事がない」
「それならば、幕府の権力にものをいわせ、なにごとにつけ、目のうえのこぶだった朝廷を、このさい、根っこからつぶそうと。筆頭閣老安藤さま。さすがに すご腕の実力閣老じゃなあ」
「しかしな」
 腰をふって、股間のかま首の小便のしずくを、ふりきりながら、忠宝は暗やみのなかの、唯佐衛門の横顔をみた。
「しかし?」
「いかに天下の将軍とはいえ、度がすぎるともいえる。和の宮は、はやくから 有栖宮と婚約されていて、とつぐ日をたのしみにしている。まずいといえば、これがちょっと気にかかる」
「政治家の陰謀の世界は、そんなものでしょう」
 勢いづいている唯佐衛門は、鼻のさきで冷笑した。
 親の七光りというべきか、国学者塙忠宝は、群書類従の編纂で高名な学者の塙保己一の四男だ。
「わたしは幕府和学講談所の史料研究者。古今東西の廃帝の事例をあげて研究をして、その正当なる理由を書きぬいて、幕閣に提出せよといわれれば、はいそうですかというだけの人間だ」
「ごけんそんを。この国ひろしといえども、群書類従の塙保己一を継ぐ、塙次郎忠宝先生を除いたら、東西の史料からそんな事例を さがしだして、諸大名に朝廷を解体する 正当な根拠を示すことのできる、頭のきれる学者は おりませんよ」。
 聞いた忠宝は、いささか得意げに、頭べをあげた。、
「まあなあ。しかし、わたしはかりそめにも、塙保己一を継いだとされる国学者。こともあろうに、朝廷解体のために暗躍した塙次郎忠宝などという汚名を、後世にのこしたくはないなあ」
 こんな最高機密にかかわっているところをみれば、彼は高官のなかの高官である。
「しかし、われわれは、天下の将軍につかえる身。むこうはむこうで、自分さえよければいいだろうが、こっちはこっち。将軍家さえ安泰なら、どっちでもいいです」
「ちがいない。いや、こんな話は 酒がまずくなるな。今夜はおおいにのもう」
 ちょうちんがふたつ、歩きだした。
 黒船と呼ばれる異国の文明が、おとずれたというだけで、三百年の徳川の屋台骨は、きしみをたてて、大きくゆれていた。
 西欧からすれば、世界のはての海に浮かんでいた、自然の景観と良港に恵まれた楽園の島の発見だ。
 もはや植民地争奪戦の時代はおわりをつげ、砲艦でおどしつつの力による外交とはいえ、貿易中心の重商時代にはいっている。
 連合国の艦隊がよりあい、この島を貿易と補給の、共同基地にしようと考えた。
 西欧に近代的な社会があるとはしらず、およそ 世界に無関心できたこの国には、それは、さまざまな憶測を呼び、ある意味では、憶測と憶測のはげしい対立が、この島の政権の倒壊を もたらしたともいえる。
 大村益次郎らは、人々にさきんじて、西欧のはてのオランダの、医学である蘭学をとおして、西欧の科学を学んでいる。
 進取の気質をもつ先駆者には、世界の歴史からみれば、別にたいしたことでもないという、局外者の醒めた目もまたあった。

 正月の縁起の輪かざりを、売りあるいたのか、むこうからからカラカラと荷車の音がやってくる。
「しかし、徳川のお家のため、天下万民のためとはいえ、その実は徳川のお家のため。もう婚約をしている和の宮を、妻によこせというのは強引だ」
 忠宝はまだ、こだわっている。
「なあに。孝明天皇をかついで、こじらせてばかりいるのは、ひとにぎりばかりの長州の無頼のやから。いずれは しらみつぶしに、一匹いっぴきひっとらえて、首をはねてしまえば 一件落着しますわ。三百年の大恩ある徳川幕府の恩顧にたてつく野良犬め・・・」 
 うつむいて、棒をつきながら荷車をひいている人足の影が、唯佐衛門の胸に つきあたりそうになった。
「下郎!」。
「これは、どうも」
 下郎とよばれたその人足は、あわてて荷車をとめ、唯佐衛門の足もとにうづくまった。
 提灯の灯りにみえるその姿に、忠宝はおもわず顔をそむけた。 
 つぎはぎだらけのあわせの下は、この寒空によれよれの、いつ洗たくしたともわからぬ、変色したひとえの袷せをきて、尻をからげている。
 そのしたは、つぎ当てだらけのもも引きをはいていた。
 肉体労働の汗とあぶらの入りまじったきつい臭いが、闇にただよう。
 凍てついた氷のはった地面に、素足のまま、ちびきったぞうりをはいていた。
 とりわけ最近は、江戸の佃島あたりは、各地で失業した浪人たちであふれている。
 くにを捨て、ながれこんだままであるから、もとはいずれの藩の名のある武士でもあったろうが、とどけもしないから、人別帳に記録すらない。あちこちの軒さきに、コモにくるまってころがり、ふるえながら、冬の夜をあかす。
 凍死すれば そのまま無縁墓に投げこまれるだけだ。
 希望をうしなった彼らは、江戸の街をかっ歩する旗本たちを、うわ目づかいに見る。それは江戸城をとりまく大江戸八百八町のふきだまりの、もうひとつの江戸である。
 ふしくれた木をきったままの、手あかに光る肩の高さぐらいの、長い棒をついている。
 人足は道に棒をおいて、膝からしたが 凍りついてしまうのに、氷のはった地面にかしこまり、きたない手ぬぐいのまま、頭をさげた。
 いきなり、唯佐衛門の足が 人足の顔をはねあげる。
「歌会用のせっかくの羽織がけがれたわ。下郎め」
 だが 人足が顔をそむけたため、足が空をけって、唯佐衛門はよろめいた。
 カッとした唯佐衛門が、こんどは胸あたりをけろうとして、からだをよける人足に また足をあげた。
 それをみた荷車人足の右うでが、その足首をつかんで、上にはねあげる。
 唯佐衛門は自分の勢いであおむけに転倒し、もっていた提灯が ころがって、灯が消えた。
「いかにお武家とはいえ、大きな顔をするなよ」
 人足はひくい声で、そういいながら、棒をついて立ちあがる。
 高い背丈のうえの、顔にかむった手ぬぐいのなかから、哀しげな目が怒っている。
「きさま」
 唯佐衛門はおきあがると、刀をぬいた。
 たかがつきあたったというくらいで、斬りすてるのは、ゆきすぎだと、忠宝は思ったが、酒の勢いというものは、とめられない、
 意外なことのなりゆきに、忠宝は口のだしようもななく、ぼう然としていた。
 白刃をみた人足は、きっとして、長い棒をかまえる。
 かまえると棒は、刀の倍以上の長さである。
 やはり、もとはどこかの藩の武士である。かまえが板についていた。
「手ごわいぞ。気をつけろ。中川どの」
 こうなると、傍観をしてはおられない。
 やむを得ない。
 ちょうちんをその場においた忠宝は、腰の刀に手をかける。
 鯉口をきる鍔の音に、棒をかまえた人足は、忠宝をちらと見た。
 まずいやつにかかわりあった。
 その狂ったような目の怒りをみて、忠宝の頭に悪い予感がはしった。
 だが、さすがに護衛を買ってでるだけの技量はある。
 つつっと、唯佐衛門の足が間あいをつめてゆく。
 それにあわせて、男の動きを封じるために、うしろにまわって、忠宝がぬいた。
 人足は前とうしろから、白刃にせまられている。
「たあっ」
 うしろから忠宝が気あいをかけると
「下郎推参」
 男がうしろに気をとられた瞬間、唯佐衛門が前からおそいかかる。
 カッーンと青竹をわるような音がして、唯佐衛門の刀に、正面から頭をわられた男が、ひざを地面について、かしこまるようにくずれた。
「とうっ」
 その背に、忠宝が一刀をあびせる。
「アウッ」
 人足の悲痛な叫びとともに、カラン、カランと、凍った地面に音をたてて、棒がころがった。
「なかなかやりますな。塙さん」
 さすがに青ざめた唯佐衛門が、顔をゆがめて笑った。
「いや。もう少し手ごわいかと・・・・」
 かえって傍観者だった忠宝が、落ちついている。
「きたならしい物を着やがって」 
 倒れた男のあわせで、刀についた血のりをぬぐいながら、唯佐衛門が顔をしかめた。
「野良犬を斬ったようなものだな」
 これも血糊をふきながら、忠宝はつぶやいた。
 からっ風が血の匂いをすぐさま、はこんだらしい。
 近くの屋敷で、犬がうおーんとほえた。
 どっちにしても、行きだおれとして、始末されるだけの死体である。
 ふたりはそれぞれの提灯をひろい、歩きだした。
 なんとも、後あじのわるいご用おさめになってしまった。
 二人は無口であった。

「おい」
 ふと忠宝がたちどまった。
 唯佐衛門もたちどまる。
 忠宝の目が、恐怖につりあがってる。
「なんです」
「あ、あの音・・」
 忠宝がカスカスという声をたてた。
 カラ、カラと、荷車の音がする。
 さっきの荷車である。
「もうひとり いたのかな」
 そんなことはない。人足はたった一人であった。
「アワワ・・・・」
 忠宝は声がでず、ただ首をよこにふる。
 はじめて斬った人間であった。
 生きかえろうはずはない。
 だがまちがいなく、さっきの荷車のわだちの音である。
 カラ、カラという音が、だんだん大きくなってくる。
「塙さん。人を斬ったほどの侍が、おびえないでください」。
 はげます唯佐衛門の声も、さすがに不安でふるえている。
「わ、わたしは、はじめて人を殺めた・・・」
「いまさら、はじめても、コケもあるか」
「ゆ、幽霊だ・・・」
 腰がぬけそうな忠宝をみて、はげまそうとした唯佐衛門のあしもとに、やみからあらわれた荷車が、うしろから、いきなり ドーンとつきあたって、すくいあげた。
 荷車の上に、あおむけにたおれた唯佐衛門の頭上に、闇のなかから細身の刀が閃いた。
「うわっ」
 頭を割られ、荷車の上をころがる彼の、顔をおさえた両手の間から、血かふきあがる。
 そのまま荷車は、こんどは忠宝の両足を横になぎはらう。
「ぎゃあっ」
 荷車はとまり、提灯は道にとび、道にたたきつけられるように、うつぶせに倒れて、忠宝は道をはいまわった。
「ゆえもなく、斬られた人足のうらみを思いしれ」
 黒装束が、刀を頭上にかざしていた。
「・・・・」
 かた手を空中にのばして、うつぶせた忠宝は、恐怖の目をひらいた。
「わたくしごとの怨みはない。古今の史料にくわしい塙どのが、生きておられては、朝廷をつぶそうとたくらむやからの、陰謀の根源になる。それでは王政を柱に、徳川をたおすわれわれには、都合がわるいのだ」
「ひ、人ごろし・・・」
 影はくくっと笑った。
「幕府からすればそうなる。しかしわれわれからみれば、幕府こそ、われわれの血をいくらすすっても、飽きたりぬ吸血鬼」
 まだ二十歳そこそこの声である。
「くそっ」
 忠宝は起ちあがって、刀をぬこうとした。
 黒装束が、うしろに飛びさがる。
 白刃が一閃して、濡れた布をはたいたような音が、暗やみにひびいた。
 肩をきられた忠宝はよろめいて、そばの荷車の舵棒をもった。
 荷車がガラガラッと音をたてて動く。
「たあっ」
 鋭い気あいとともに、背の高いその影が、空中に飛びあがる。ふたたび、白刃がひらめく。
 舵棒から手をはなした忠宝は、空中を泳ぐように両手をうごして、二、三歩あるいて、ばったりと倒れ絶命した。
 まだ、背中がひくひくとしている忠宝をみて、影はふとつぶやいた。
「悲しいのう・・・」
 なにを、思いつめているのか、大きい二重まぶたの眸がくらい。
 伊藤俊輔といった。
 まだ二十二歳だ。
 周防の国の熊毛郡東荷村の、農民にうまれた松下村塾出身の改革派だった。
 萩の伊藤家に養子にやられ、武士になり、銃砲をまなんだ。
 七歳のときからすでに、父母のすすめで、三隅勘三郎の寺子屋で、漢文の素読をはじめている。長身の男だが、もともとが村人の夫婦けんかの仲裁まで、代々してきた小庄屋の育ちだから、これが志士かといわれるほど、もの静かな青年だった。
 明治に北海道農学校の教授クラークが、学生たちに残した「大志を抱け」ということばのあとには、「ワイルド・キャッツのように」ということばがある。
 アメリカの荒野にすむワイルド・キャッツという豹。
 ふだんは、どこにいるのかわからないほど、おとなしい。しかし いったん獲物にねらいをつけると、単独で、たった一匹の獲物を淡々と追う。そして 大西洋がわ海岸から、広大なアメリカ大陸の荒野を横断して、太平洋がわの海岸まで追いつづけ、獲物をついにわがものにするという。
 大志とは世にいう偉くなるという意味ではなく、狙いをさだめた獲物を、わがものにするまでは、決して目を離さない、あの荒野にすむワイルド・キャッツの執念をいう。
 庄屋の坊っちゃん育ちらしく、ふだんは人あたりのいい俊輔は、反面、まさしくこの荒野の山猫のように、内に秘めた一徹は、絶対にゆずらぬ男でもあった。
 江戸の長州屋敷で、久坂玄瑞が、幕府講談所の頭取補佐、塙忠宝の暗殺をいいだした。大物だ。頭脳抜群の彼の提案だから、高杉晋作が一も二もなく賛成した。辻斬りで切ってきた身分のひくい侍とはちがう。いつも護衛の武士が七、八人はつきそっている幕府の大立物だ。
 暗殺者も 五人はそろえようという相談になりつつある。
 俊輔は向学心がつよく、早くから英国ゆきを希望していて、いつも英語の本を読んでいる。
 その俊輔が 部屋のすみで、例の二重まぶたの大きな目をあげた。
「先輩。ぼくにまかせてください」
という。
 晋作は黒縮緬の着ながしに大小を差して、英語の本をかかえている俊輔をみた。
 庄屋には村人のくらしに、いつも気をくばる世話役の気風が 代々つたわっている。ねっから責任のない下級藩士の育ちで、すぐ行動にうつすのとちがい、おっとりしているが、恩師松蔭から「世話やき俊輔」という愛称をもらったほど、責任感のつよい世話役の気質が、よくもわるくも 俊輔というわかものだ。
「たった一人で殺るのか」
 四歳うえの晋作があきれた。
「なんとか、なるでしょう」
 ひきうけた俊輔が、薬売りに変装して、しらべてみると、護衛は七、八人どころではない、多い日には十人をこえる。
 ご用おさめの日まで、二十数日間。木枯らしのふく毎晩、眼だけだした黒装束にきかえ、長州藩江戸屋敷で、十七歳になったばかりのおてんば娘のお梅と、冗談をかわしながら、淡々と機会を待つ俊輔の姿があった。

 天誅とかいた紙を、忠宝のまげに結びつけ、俊輔の影は暗やみにきえた。 
 木枯らしが空をうなり声をあげてとおりすぎ、また上野寛永寺の釣り鐘がゆれた。
 麹町三丁目のあたりを、何百の捕り方役人や、血相をかえて、腰の刀に手をかけた旗本が、目をいからせてかけぬけてゆく。
 道をゆるがすその足音に、商家の夫が寝床で目をさました。おびえた妻は、息をひそめ、身をちじめて、夫の胸におどりこむ。
 二人はふとんの中に息をひそめ、大勢が走るその足音を うかがっている。
 あたり一帯は、万人が目をさましているのに、大勢の捕り手が、ひたひたと走りさったあとの町なみは、死んだような静けさが支配した。

 長州藩江戸屋敷のうら門の前に、娘がたって、くらやみのなかを、だれかの姿をさがしている。
 利はつそうな黒い眸に、なにを想うのか、ふっくらとした白い頬にかけて、不安の影がしきりによぎるお梅であった。まだ えり足からうぶ毛が、風になびく愛くるしい娘だ。
「お梅」
 夜道をあるいてきた俊輔が、いきなり ほつれたおくれ毛のお梅の耳もとにささやく。
「ああ、びっくりした。なによ」
「やっとすませた」
 凍てつくような冬のしじまに、はく息が白い。
「おめでとう。あんたなら、かならすやりとげると思っていたけれど、心配で・・・」
「今夜、いっしょに風呂にはいってくれ」
「いやらしい」
「やっぱりなあ・・・。言わんにゃ、よかった」
 どこかの犬が、血の予感に、とおい祖先の狼の遺伝にめざめたのか、うおーんと、尾をひくような声が、くらい空にひびく。
 二人はだまって、藩屋敷の裏門の木戸口にはいった。
「いっしょに、風呂にはいるだけ?」
「うん」
「ぜったいに、何もせん?」
「ぜったいだ」
「やだあ・・。でも、考えとくわ」
 さっきの犬の遠ぼえが、妙にお梅の気にかかっている。
 お梅は五つうえの、兄のようなこの俊輔が好きだ。
 うつむいて歩きなから、彼女はちいさいため息をついた。
 さっきまで、しきりに胸にうかんでいたのは、護衛の武士に斬られ、草むらにあおむけに転がっている俊輔の姿であった。
 二人の姿が、屋敷の塀のそばの、お仲間長屋にきえた。
 あいかわらず、寒風がうなりをあげ、空をかけぬけている。
 お仲間部屋のそばの五衛門風呂のたきぐちで、お梅は火ふき竹を口にあて、火のいきおいをみながら、凍える両手をこすった。
 俊輔は風呂で 湯をつかっている。
 どこかで、また犬の遠ぼえがきこえた。
 お梅はおびえたような瞳で、その方角の空をみた。
 木枯らしばかりがふいて、もう夜はおそく、あたりはしんとしている。
 お梅は深刻な顔で、燃えさかる火の勢いをみた。白いその頬に、風呂のたきぐちの火が、赤く照りはえて、いつしか娘のまつげはしっとり濡れていた。
 やがて帯をといたお梅の、愛らしい乳房の 白い肌が湯殿にたった。
「俊輔のばか」
 そうひとこというと、彼女は躍りこむように、彼がいる風呂の湯気のなかに、すっぽりとかくれた。
 夜ふけの長州藩江戸屋敷は、物音ひとつしない。
 文久二年十二月二十一日、ご用おさめの歌会の夜、暗殺事件がおきた。
 雪こそなかったが、例年になく 身も心も凍てつくような木枯らしが、人かげのない江戸の辻に鳴っていた。
 天誅と筆書した紙が、ゆわえつけてあることから、暗殺の腕をふるったのは、およそ どの藩かは見当はつくが、近くにはもと侍らしい貧相なみなりの、大男の人足がたおれている。
 その人足の荷車が、かなり離れた道に倒れている和学講談所の頭取補佐 塙忠宝のそばにある。護衛のはずの中川は、頭から血をながして死んでいる。
 下手人は、ついにわからずじまいにおわった。
二 純愛の祠(ほこら)
 その一年前のことである。
 いまは埋めたてられ、陸つづきだが、関門海峡の下関の街には、せまい海流をへだてた小島があった。
 緑の森にかこまれたその島のいただきに、いまも亀山八幡宮がある。
 旅行安全祈願をしてくれる神社だから、旅にたつ人は、まずここにやってくる。
 社のそばに、広い茶屋がしつらえてあり、座敷にあがると、神事につかえる純白のころもに、深紅の袴をつけた巫女姿の処女が、目のうえに盆をささげ、祈願がおわった客に、茶菓子と茶をもってくる。
 神意をうらなう巫女(みこ)は、未婚の処女でなくてはならないおきてだ。
 宮の茶屋娘といった。
 お梅と高杉の愛人おうのは、亀山八幡宮の茶屋娘であった。
 陸とは海でとだえているうえ、ちいさい島のわたし場だ。だれが島にあがってくるか、茶屋の二階から、わたし場が手にとるようにわかる。
 茶屋の二階は、改革派俊輔らの秘密活動の場であった。
 
 父とともに長門仙崎からきたお梅を、俊輔に紹介したのは、勤王商家の中津屋だ。もともと山陰の北浦の出身で、この下関からつみだす昆布の一手支配をしている。
 吉田松蔭を陰からささえた萩の俊輔の父と中津屋は親友で、幕政守旧派から反逆無頼と、目のかたきにされている俊輔を、陰でささえているのはその中津屋だ。
 もし倒幕に失敗すれば、連座した中津屋は、牢獄につながれるばかりか、北前船につみこむ昆布を、一手支配をしている権利も、全資産もうしなう。大たん不敵な改革派商人である。
 赤間関の大通りに「中屋」とのれんを染めぬいた大店(おおたな)をかまえている。はだか一貫からたたきあげ、中屋のように大通りに屋号をそめぬいたのれんのある大店をかまえること。それは当時の庶民のゆめであった。
 お梅の父も、千人商人町といわれた山陰の町、仙崎の店を売りはらい、ちいさいお梅と兄をつれ、下関にくだった。しかし不運にも病いでたおれた。毎月ぼう大な薬代がいる。一家はまたたくまに借金だらけになり、貧乏のどん底におちた。
 もう一旗あげるどころではない。
 お梅の兄は希望をうしない、波止場人足をしながら、毎日、焼酎とバクチにあけくれている。
 もはや、どん底のくらしから、はい出ることは不可能だ。
 商家からの転落という苛酷な不運を、顔にもださず、長い髪をるがえし、白衣の紅袴姿で、茶屋であかるくはたらく、十六娘のお梅であった。
 ときどき、俊輔らがやってきて、この茶屋の二階で、なにごとか相談をしている。
 うわさによると、目もくらむような広大なあの江戸城の天守閣にあって、日本中のどの大名でも、紙きれ一枚で、藩をとりつぶす、権力のピラミッドの頂点にあるあの強大な幕府。その幕府を 松下村塾同窓生という、わずか一にぎりの人数で、刃むかって、倒してやるといっているらしい。
 常人ではない狂気の沙汰の人間たちだとは、人びとの定説である。
 お梅は、狼のように光る狂気を、大きな二重まぶたのひとみにやどした、二十二歳の俊輔にひかれた。
 それは 塙忠宝暗殺の前の年であった。
 ある日のこと、うちあわせのため、もう半日ちかく 晋作を待ちながら、本をよんでいる俊輔に、お梅はおそるおそる、茶をさしだした。
「ありがとう」
「いいえ・・高杉さんはとうとうこられないようですね」
「うむ」
 俊輔ははずかしげに苦笑した。
 約束をしていて、すっぽかすことは、ちっとも気にしない。それはそれでよさもあるが、四歳上の村塾の先輩の高杉晋作は、そういう傍若無人な男である。
「せっかく、半日ちかくも待ったのに、人をばかにしてるわ」
「高杉さんは、下っぱの藩士のおいらとはちがう。二百五十石の大組、れっきとした旗本の家にうまれたうえ、主君毛利定広公のおそばつき小姓。いわば織田信長公と森蘭丸だ。将棋でいうと 歩にもならないおいらなんかとは、およそ身分がちがうさ」
「そうなの」
 お梅は小声でつぶやいた。
 村塾生とはいっても、幕藩体制のなかの人事だから、向こうからあつかわれる身の、身分のへただりの大きさは、おおいようもない。
「悲しいのう」
 俊輔は、茶屋の壁をみあげてつぶやく。大きな二重まぶたの下の眸は、思いつめたさびしいまなざしである。 
 悲しいのう。
 それは幕末の閉塞しきった空気のなかで、すみのすみに逼塞させられた青年たちの、やり場のない鬱積をはきだすときの、口ぐせである。
 お梅はバクチにあけくれて、焼酎に赤くにごっている兄の目を、みなれている。
 だが俊輔はときどき、人を射すくめるはやぶさのように、近よりがたい目をみせる。それは心の奥に屈折する想いを、むりに押さえいる男の、澄んだ哀しみであった。
 ふといため息をついて、ふと立ちあがると、彼はぞうりをつっかけ、社の階段をおりて、その下の砂浜にゆく。
 お梅はそっと、あとを追いかけた。
 俊輔は腕をくんで、その砂浜にたち、つぎからつぎへと押しよせてくる波を、じっとみつめている。
 まるで 真冬の平野に屹立して、木枯らしにじっと耐えている一本杉であった。
 つよい潮風がふきつけ、前がふたつにわれた着物の、すそがひるがえり、その下から砂にたつ二本のす足がみえる。
 二百五十石の大組の子高杉晋作と、その足もとにもおよばぬ軽禄の、しかも養子の俊輔。
 倒幕とはいっても、しょせん雲をつかむような話である。
 侍になったばかりに、もはや一生涯、藩の掟でしばられづくめの、下の下のその下役で甘んじるしかない。
 時代は閉塞していた・
 当時、幕府旗本の家で、「越前」という漢字が書けるものは、何十人に一人であったという。しかし世襲だから、それでも 歳がくれば、旗本の子は旗本として、親の禄高と地位にすわるのだ。
 お梅は彼の背をみつめて思った。
 この俊輔は、七才のころ、神童といわれたという。
 いったい何のための、あの頭のいたくなるような難解な 漢文の素読にとりくんだ、少年の日々であったのだろう。
 彼の背にただようのは、どうしようもない 悲哀の孤独だった。
 ひしがれまいとして、耐えて刃むかっているそんな彼のうしろ姿に、お梅はかけよって、抱きすくめてやりたい衝動が、全身を走りぬけるのをおぼえた。 
 うちとけてみれば、そのきついまなざしとは逆に、まるで赤んぼうのように、ひとなつっこい俊輔だ。
 彼が部屋を貸してくれといえば、ほかの予約を全部こわして、店の戸をしめきってでも、むりに部屋をあける。そんな自分に気がつくころは、お梅はいつのまにか、俊輔の絶対の保護者になっていた。
 宮司はひそかに俊輔らの味方だから、彼女がそんな無茶をしても なにもいわなかった。

「ばかやろう」
 かえってきたお梅が、まだ下駄もぬがぬうちに、びんたがとびかい、彼女の頬が何回か、はげしく鳴った。お梅が俊輔について走りまわっていることを知った兄の激怒だ。
「ゆ、許して、兄さん」
 お梅は土間に手をついて頭をさげた。
「ならぬ。ぜったいにゆるさぬ。実家には待ち妻もいる男。そのうえ、世間のあらゆるところで、まるで疫病神のようにきらわれている無頼の反逆もの。よりによって、なぜ、あんな男にほれた。ちくしょう。俊輔め。罪もない妹をたぶらかしやがって・・・」。
 兄は烈火のごとくいかり、土間にかけおりて、お梅の長い髪をつかみ、土間をひきずりまわす。
 土間になぐりたおされながら、おきあがり、切れた唇のはしから、血かながれるお梅は、うつむいて手ぬぐいでその血をていねいにふく。
 そして土にすわったまま、櫛をとりだして、頭をすこしかしげ、黙々と長い髪をくしけずりながら、兄の顔をときどきうらめしげにみる。
 あの人が刃むかって生きるためには、このお梅がいて、かばってあげないと、いけないのだ。
 着物のうえから、乳房を押さえると、俊輔が す肌の間にさしこんでくれた密書にさわる。それはいとしい俊輔のいのちだった。

 王政派の密書を、暗号で「逓(てい)」という。
 すでに彼女は、す肌にまいたさらしもめんの間に、俊輔の書いた逓をさしいれ、町のあちこちの隠れ家に往復していた。
 そこは近松門左衛門が、西国一の大みなと、小判走れば銀が飛ぶと書いた商家が 無数にひしめく港町下関だ。
 その一角にある小さな八幡茶屋の 二階の部屋が、ふたりだけの秘密の世界であった。
 俊輔が逓をたくすというと、彼女は着ている物をすべてぬぎすてる。
 おわんをふたつ伏せたような、純白のやわらかい肌に つつまれた二つの乳房も、親や兄にも絶対にみせたことのない、黒い閉じ目のある茂みも、ためらいもなく、年うえの俊輔の目にさらす。
 彼がそうして立つ彼女の、へその上あたりに、油紙でつつんだ逓をおく。彼女は指さきで、それを押さえる。それを隠すために、俊輔がお梅のす肌のからだに、さらしの白もめんを十重二十重にまきはじめる。
 もめんをまく彼の顔が、乳房あたりから、だんだん下腹にうつる。
 彼女はたったまま、それを見おろしている。だんだんしゃがみこんでゆく彼の鼻先は、彼女の下腹までさがる。
 少女の体の芯がうずいて、うるみをおびた。
 巻きおわると、かれはたちあがって、裸のお梅に着物を着せる。
 養子の彼は結婚している。
 家のつりあいがきびしい時代の、待ち妻という制度である。
 帰るひますらない萩の彼の自宅には、養父母とその待ち妻のすみがいた。
 夢をかたる彼に、妻のおすみはときどき、チラと侮蔑のまなざしをみせた。
 箸のあげさげの作法すら、やかましいこのきびしい身分制度のさむらいの世を、軽輩の彼らが倒せるわけはない。待ち妻のおすみがそう考えたのは、世間のだれもが考えた常識である。だがそれゆえに、俊輔とすみは、心の距離が遠く離れていた。
 俊輔は、彼を信じてどんな危険をも、ものともしないひたむきなこの少女お梅に、いとしさをこえたつながりを感じている。しかしこの時代、懐妊をさける方法はない。いとしいからとて、からだのつながりを、安易にもつことはできなかった。
 倒幕という重い仕事にいきる彼は、軽禄とはいえ、恋のために侍づとめを捨てることなどできやしない。お梅もそれはよく知っていて、心の内の俊輔への燃える想いを押さえ、そぶりに見せない。
「たのむよ」
「あい」
 手紙は王政派の 生命や浮沈にかかわる秘密が掲載されている。。
 いのちを自分に託する俊輔に、お梅は彼の自分によせる深い信頼を知った。
 おうめも俊輔のためなら、斬られて、いつ道ばたに倒れても、悔いはない。そこにはふつうの男女の愛をこえた、命を与えあう絶対の信がある。
 愛とは なにがあろうとも、たった一人の男のために、命をあたえてもくいのない信頼のことであった。
 もし、途中で捕まったら、自分もこのお梅の命も同志の命も、すべてうしなう。俊輔の二重まぶたが、不安げに彼女をみあげる。そんなときのお梅は、からだの底がうずき、いくら抱きすくめても、あきたらぬ身ぶるいにかられるのだ。
 
 兄になぐられながら、お梅は着物のうえから、乳房の下にある逓を しっかりとおさえていた。
 俊輔の分身である。
 こんなことは、こんな兄に話してもわかりはしない。
 あの人の目は、こんな濁りきった色じゃない。
 なにもいわぬが、お梅は兄の暴力に屈した気配はなにもなかった
三  屹立する志
れんじの格子窓からみおろす海の、むこうの山の上に、秋の短い太陽が傾いている。
神に仕える純白のころもに、深紅の袴に、白たびをはいたお梅が、ときどき、窓をそっとあけ、わたし場をそれとなくみわたしている。
 目もとがすわっている。
 部屋には茶屋の障子窓をすべて閉ざし、俊輔が腕をくみ、沈痛なまなざしで正座していた。
 この間まで味方であった攘夷派と 藩すべてに追われている。
 むこうのわたし場の下関の町は、敗北におわった馬関戦争の、硝煙くさい話が あちこちで聞かれていた。

 四ケ国の艦隊を海峡で砲撃したときいて、留学先のイギリスから、俊輔はとんで帰った。そしていっしょにロンドンから帰国した井上聞多とともに、報復射撃をするというイギリス艦隊にのりこんだ。報復射撃の中止を 交渉したが、談判は決裂して、砲台はめちゃめちゃに破壊され、そのうえ、町は 銃剣を閃かせる海兵隊数千の白人兵に 占領された。
 イギリスで西欧文明の衝撃をうけつつ、まなんだ二人は、西欧先進国のもつ勢いは、単に軍事力の差ではなく、近代文明とそうでない国とのちがいで、あそこまで到達するには、気の遠くなるような年月がかかることを、体でうけとめている。
 俊輔と聞多は、山口藩庁にゆき、主君毛利定広のご前会議で、なみいる家臣に、攘夷というおろかな白人排斥妄想を、旗印にしたこの戦さが、いかに惨めな敗北を招くかという 非戦論を主張した。
「・・・以上です」
 弁舌をおえた大広間の一座を見まわした瞬間、俊輔の背すじに 氷のつららのようなつめたい戦慄が走った。
 白人恐怖の妄念に凝りかたまっている多くは、それぞれ 刀を膝もとに引きよせている。失言がひとことでもあれば、それを理由に、イギリスかぶれのこの二人を、斬りすてるという殺意がありありとわかる。
 この山口藩庁を、生きてでられない。 
 俊輔はとなりの聞多をみる。
 かれもすでに気づいていて、顔色は蒼い。
 事実、名医の手で、やっと一命をとりとめたが、このしばらくのちに、ふたたび 藩庁の会議にでた聞多は、かえりの道場門前で、背なかに攘夷派の刀を八太刀もあびせられた。瀕死のすがたで、彼は暗やみの畑をはいずりまわった。
「との。関ケ原合戦に敗北していらい三百年、血と汗で営々ときずいたわが長州を、かいめつの危機に、おとしいれるのですか」
 聞多も俊輔とともに藩主定広にせまる。
「ぶ礼もの。口がすぎる。ひかえろ」
 するどい叱咤の声が、一座からひびいて、大広間に、刀を膝にひきよせる音が、いっせいに鳴りひびく。
「そうはまいらぬ。わが藩、ひいてはこの国の危機に、たとえ一歩でも、しりぞくわけにはまいりませぬ」
 ふりかえった細おもての俊輔が、血走るまなざしで、その声にするどく応酬する。
 彼は 背後に大勢の刀の鍔を ならす音をききながら、もはや、わが命とともに、長州の運命もこれで終わると思った。
 若い藩主毛利定広が、正面の席にすわっている。
「俊輔に聞多」
 彼は声をかけた。
「ははつ」
 二人は平伏する。
 定広は、ふとその二人の背に目をやる。
 俊輔らが手をついているあたりに、ポト、ポトポトポトと異様な音がする。
 大粒の涙が、あとからあとからあふれ、畳にしたたり落ちる音であった。
「ふたりとも、顔をあげい」
「は、はい」
 正面から見あげるふたりの目は、銀の粒のような涙で 飾られている。
 多勢に無勢とはいえ、愚かものたちに、膝を屈して生きるくらいなら、この場で斬られてもいい。
 主君の視線に、食いつくような目をみせ、視線をそらそうともしないこの二人。そこには多数に身をよせ、自分の地位をよくしようというような、邪心がまっくない。
 定広は、その魂のきよらかさにうたれた。
「ごくろうだった。定広は藩主として礼をいおう。みなのもの。この二人の意見にしたがうことにするぞ」
 そういい終わると、定広は座をたって奥にきえた。
 危機が回避された。
 主君定広のたったあとの大広間には、嫉妬と憤りをおさえた攘夷派の怨念が満ちた。しかし二人は、平伏したまま、しばらくは動けなかった。
 文明開花は、明治からではない。この瞬間、長州、ひいては のちのこの国の近代化への運命を決したのは、圧倒的多数の白人排斥妄想の刀の鍔音のなかで、孤立無援、いのちをすてて、非戦と開化論をとなえた、イギリスから帰国したばかりの伊藤俊輔、井上聞多のただ二人だった。
 そして一年間のイギリス留学費用一人千両を、この二人のために財界をかけずりまわった、はじめから攘夷思想を醒めた目でみていた若き蘭学者の大村益次郎。
 また二人の友を信じて、いままでみずからとなえ、ひきいてきた攘夷論をなげ捨て、ふたりに運命をゆだねた高杉と若き藩主毛利定広であった

 その足で下関にきた俊輔は、高杉とともに中津屋に宿泊し、講和使節に扮した高杉の通訳として、イギリス艦隊にのりこむ。
 予告なき戦闘開始はしてはならない。それは国際社会に定められたルールである。それをイギリスでまなんだ俊輔だった。
 これがあのおとなしい俊輔かと、いわれたほどの目まぐるしい、つばめが反転するような、鮮やかな活躍であった。
 攘夷一心できた高杉は、毎晩中津屋で 議論しながら、俊輔からまなび、おおきく成長する。
 その姿を英国公使館アーネストサトウは、日記に高杉のことを「はじめは魔王のように 傲然と構えたその男は、その内におとなしくなり、しまいにはなんでも承諾した」と記録している。
 下関の壇の浦、長府の城山ほか、約七O門におよぶ大砲は、すべて戦利品として ヨーロッパに持ちかえられる。
 講和とは名だけで、実際は敗戦の処理だから、みじめそのものだった。
 嬉々として 大砲を戦利品としてもちかえる外国兵に激怒する攘夷派。
 急報をきいてかけつけた現場には、刀をぬいて怒る大勢の攘夷派のまえに、腕をんで立ちはだかり、例の人を射すくめる狼のように、けいけいと光る二重まぶたり双眸で、たった一人で屹立する俊輔の姿が なん回となくみられた。
 御盾隊の品川弥次郎、報国隊の坂本恕八郎ら二十数人は、血判をもって、若い藩主に、講和即時中止、砲撃開始をせまり、「ききいれなければ、台場で全員切腹する」と申しいれたという。攘夷派の諸隊だけでなく、都落ちしてきた五卿まで、砲撃再開の気炎を あちこちであげ、かれらをけしかけている。
 元治元年秋の長州は、藩に屈辱をあたえ、夷敵におそれをなして 屈伏した売国奴、「高杉と伊藤を斬れ」という怒りの声が、藩内にみちみちた。  
 講和交渉にゆけなかった聞多が、それを知って、山口藩庁に飛んだ。しかし若い藩主も 攘夷派の怒りのなかに孤立して、二人を救う方法はない。
 二人はいったん有帆の民家に逃げこんだ。           
 やがて俊輔は、町人にばけ、愛刀を袋で背中にせおい、お梅のいる八幡茶屋に、にげこんだ。
 お梅は 彼をかくまった二階の、その一室をかたくとざし、だれの足も一歩もいれさせなかった。
 白人に植民地化されてはいけないとする攘夷思想にひそむ白人への被害妄想は、見当はずれだった。
 九月、イギリス・アメリカ・フランス・オランダの四ケ国は、協議をして、商取引はするが、日本の内乱には一切干渉しないという態度を決定をして、通知してきた。
 過去は過去としておいて、先にあるべき未来を協議してとりきめ、現実の姿をその協議にあわせて進める西欧思考を、身につけた俊輔と聞多は正しかった。すでに重商主義にきりかえている西欧諸国には、莫大な費用や人命の損害を出してまで、日本を植民地にする意志はなかった
四 ふたつの初夜
「前へ、そして、より高く。砲門を撃ちあげろ。あと一歩だ」
 勝ちほこった猛猪のような、緋縅の華麗な鎧に身をかためた遊撃隊総督来島又兵衛の声が、御所のなかまでひびく。
 御所のあちこちには長州軍の砲弾が、あられのように落下している。
 十数歳のまだおさない後の明治天皇は、砲声をきいて 気がどうてんして 気絶しているという。 
 京都御所は、きなくさいまっ白な砲煙のただなかである。
 長州毛利藩の旗をたてた軍勢が、御所のからめ手、はまぐり御門にせまっている。
 天皇ら致は、あとわずか数十歩の距離しかない。

 クーデターで、会津、薩摩にうばわれた京都の朝廷をおそい、天皇を実力で拉致し、防府に朝廷をうつし、その防府を新しい京にするという、豪放な来島又兵衛らの遷都計画による戦さである。
 改革の切りふだとして、長年のあいだ朝廷の護衛をしていた長州は、とつぜん薩摩と会津のクーデターで、朝廷護衛の職務をうばわれ、改革派公卿七人とともに、京都から追放された。
 七卿落ちという。
 廃帝の陰謀が、俊輔の暗殺により断たれた幕府の策謀だった。
 それまでは倒幕は脱藩した浪人の、私的な活動とされてきた。
 王政改革派のよりどころをうばうとはいえ、京都守備の長州藩をおいだしたこのクーテダーは、幕府の軍隊による正式な長州藩への軍事制圧になった。
 それまではかならずしも、反幕にかたまってはいなかった長州藩の世論は、藩への幕府の公式な軍事制圧によって、逆に一挙に反幕攘夷にかたまってしまった。
 しばらくすると、今度は祇園ばやしの花月夜の一刻を、慰労をかねて京の池田屋に集まった 各藩を離脱した改革派浪人が、泥酔して夜もふけた十時すぎ、寝こみを、新選組に襲われた。
 池田屋の外に脱出したわずか三十人の改革派は 千人をこす幕藩の藩兵が、周辺に びっしりと待機しているのをみた。
 あきらかに何かを口実にした、綿密な計画にもとずく、幕府の改革派への壊滅作戦だった。
 わずか三十人の改革派は、みずから死者八人をだしながら、それでも物陰にひそみ、暗やみのなかから躍りでては、相手の刀をうばい、血路をひらこうして、ついに捕われた。
 たおれた中には、のちに改革派が、新官軍の旗あげ宣言をした長州みねの志士 広岡浪秀もいた。
 甲子夜話によると 夜があけて、池田屋を中心に、直径四キロにわたる あちこちの京都の狭い路地に、血を流して倒れている幕府かたの藩士の屍の、かたづけがはじまる。
 新選組を先頭に、池田屋をとりまいた各藩部隊の、死傷者の損害報告書がだされた。
 池田屋事変は 講談では 近藤勇の武勇伝のように美化されているか 実際は王政派志士との 争いをきらった沖田総司は 腹痛を理由に池田屋の前から去り 屯所に帰宅し 志士のほとんどは 池田屋の外に逃げたという 
 幕府が集計してみると、わずかな改革派に斬りまくられ、死者は十数名だした上、暗やみから躍りでる王政派の志士にうばわれた刀で、重軽傷をおわされ、にげまわった各藩士にいたっては、なんと合計百数十人におよんだという。
 一方的な幕府の弾圧、池田屋の戦闘で勝利したのは、いったいどちらだったのか。
 暗然とした幕藩大名の諸侯が、動揺したのはいうまでもない。
 千人をこす包囲軍に、襲いかかったわずか三十人の王政改革派の、勇気りんりんとした すさまじい死闘は、池田屋事件として、京のわらべののちのにちまでの、かたり草になった。
 池田屋でたおれた まだ二十四才の広岡浪秀は、萩藩の改革派の巨頭の来島又兵衛とおなじ長州美祢の神主の子である。
 怒り猛り 森鬼作と名をあらためた遊撃隊総督、来島又兵衛は、数千をひきいて、一路、京都朝廷 はきぐりご門をめざして せめのぼったのだった。

 成功は目前にある。
 攻撃の采配をふるう馬上の鎧武者、来島又兵衛の雄姿が、朝日に輝いた。
 そのとき「「「「。
 ダーン。     
 彼だけを狙っていた狙撃兵の一発の銃声が、馬上の又兵衛の胸板をつらぬいた。
 馬の上から落ちた彼は、伏せたまま、たちあがらない。
「か、悲しいのう」
 鎧をぬいで腹をおしひろげ、涙を流した彼は、切腹をとげようとする。
 それをみていた俊輔のひきいる力士隊が、弾幕のなかで、彼のまわりに人間のスクラムをくみ、弾よけの肉の盾となって、この老いた遊撃隊総督の切腹をみとどけた。
 たが率いるものをうしなった軍勢は、算をみだして逃亡する。

 久坂玄瑞は、かねて親しい公卿屋敷ににげこもうとしたが、手のひらをかえしたような鷹司卿だった。
「くそぉ、悲しいのうっ。俊輔ようっ。あとをたのむぞーっ」
 血の咆哮をあげながら、彼は鷹司邸宅の門前で切腹した。
 あちこちで、長州兵がおわれて、斬りすてられる。
 ひとつぶの麦は死ななくては、株として青々と繁ることができぬ。
 又兵衛らの実験は、壮大な失敗に終わった。
 しかし、「長州藩公式に幕府に反乱の旗をあぐ」のしらせは、全国を震撼させた。
 将軍の妻を薩摩から送りこんでいるとはいえ 坂本龍馬や中岡慎太郎の動きもあり まだ幕軍の側にいるが薩摩は この戦さのころから 幕府内部のみだれを将軍の妻より刻々と内通をうけ、次第に反幕の長州に接近してゆく。
 長州藩の幕府への叛乱
 徳川三百年の支配には、考えられぬことが おきたのだった。

 こともあろうに 朝廷に大砲をぶちこんだ朝敵、長州の征伐をする。
 全土をこぞる幕府がわの大連合が、官軍として 長州壊滅の旗をたて、続々と各藩から出発してくる。
 この時を予期して、俊輔らはすでに大量の銃器と軍艦を、イギリスから買いいれるのに成功している。
「わが藩は、最新鋭の兵器でかためてあります。勝利の目算がある」。
 藩庁の軍略会議で降伏をとなえる椋梨派に、周布政之助、井上聞多は徹抵抗戦をとなえ、藩主の同意をえた。
 だが道場門前町を意気揚々とひきあげる、イギリスかぶれといわれた聞多の背を、その夜、白刃がおそった。
 八太刀をあびせられ、彼は絶命寸前であった。
 とりまいた刺客の刀の立ちならぶまえで、周布政之助も切腹する。
 幕政派椋梨らによる萩藩の守旧派による クーデターであった。
 朝廷をうばった幕府の工作は、ついに長州の上層部にもおよんでいた。
 刀で政権をとった椋梨派は、幕府の要求に服従して、三家老の首をはねてさしだし、電光石火、家老清水清太郎ほか美祢郡伊佐の友善塾頭らなど、クーデターとともに、野山獄に投獄した王政倒幕派を、つぎつきに処刑した。
 そして改革の中心である諸隊の解散をめいじた。
 徹底した無条件降伏だ。
 諸隊の解散の目的は、それだけではない。
 すでに井上聞多は斬り、周布政之助も切腹に追いこんだ。
 あとは諸隊の解散と同時に、改革の中心高杉、はまぐりご門の前衛、力士隊総督俊輔の逮捕、そして処刑が、幕府がわ椋梨政権の最後の血のしあげだ。
 同志の井上聞多を斬られた俊輔は、ひきいる力士隊の生き残りとともに下関にいた。
 野山牢獄からすきをみて脱出した、高杉晋作がとんできたた。
「朝廷をうばわれ、長州藩そのものも幕府側に完全に奪われた上、諸隊は解散。そして俊輔。おれたちは、伊佐友善塾頭らにつづいて、野山獄で打ち首だというぞ」
「・・・」
 聞いている力士隊総督、俊輔の二重まぶたの眸に、暗い狂気がはしる。
「俊輔。敵が全土をこぞる軍勢であろうと、聞多は絶対に勝てるという」
「高杉先輩。聞多とぼくはイギリスにいって、自分の目でたしかめている。三流の武器など、だまされて買いはしないよ。こちらは世界最新鋭だ。むこうはフランスの、すでに時代おくれの武器。どの砲、どの銃ひとつでも、およそ弾着距離が倍はちがう」
 黒船襲来のとき 幕府は全国にいっせいに出陣のふれをだした。
 泰平になれた各藩の部隊の武器といえば 火事場の鳶やまといと弓矢である。そのうえ自分の藩の殿様のいちばんいい場所をとるあらそいに憂き身をやつしている。
 全員 馬にまたがった鉄砲部隊数百ををひきいて 日に夜をかけぬけ わずか数日で 大森にかけつけ 各藩の物見遊山気分のそれをみた来島又兵衛は その夜 これも黒船をみた吉田松蔭と このくにを襲った国難へのノンキそのもの対応に 祖国の危機を直観し 夜明けまではなしあったという。
 若い吉田松蔭が ふだんからことあるごとに 又兵衛を「長州第一級の人物」と慕っていたゆえんである。
 相手はいずれにしてにも 全土どこをみても にわか仕込みの銃と まだ弓矢中心の観念のぬけきれぬ守旧派の武家たちだ。
「俊輔。その武器で、椋梨政権の軍勢とわれら精鋭の諸隊が、一戦まじえるか」
「やろう。座して死を待つよりはいい」
 しばらく沈黙がつづく。
 聞多は瀕死の床にいる。
「悲しいのう」
 晋作がぼそっとつぶいた。

 諸隊幹部が、功山寺にあつめられた。
 高杉は椋梨派政権への反乱をうったえる。
 しかし奇兵隊総督の赤根武人が、びしゃっとはねつけた。
「奇兵隊は藩の軍だ。ばかなことを、いうもんでない。あんたらが処刑されようと、そんな個人的な事柄などのために、奇兵隊は置かれているんじゃない」
 ものごとに慎重な寸分すきのない正論だ。
 周囲は深夜の雪である。
 しかしこのままゆけば、諸隊は解散。高杉や俊輔は逮捕されて処刑されてしまう。
 百人近い諸隊総督、参謀ほかの幹部は、大広間にすわって、苦渋にみちた沈黙にしずんでいる。
「決起するものは、その場に立ちあがってくれ」
 高杉がさけんだ。
「力士隊総督、伊藤俊輔」
 低いがきっはりした声がひびいて、俊輔がたちあがる。
 だがあとは、寂寞として声がない。
 そとは真夜中。しんしんと雪がふりつもってゆく。
 力士隊だけでは、たった三十人にすぎない。
「ほかには」
「・・・・」
「もう、どの隊もいないのか」
 晋作の痛切なこえがひびいた。
 とつぜん声があがった。
「遊撃隊総督、河瀬真孝!」
「おう」
「同じく参謀高橋熊太郎!」
「よし」
「同じく所郁太郎!」
 決然とした声がひびく。
 遊撃隊。
 悲痛な叫びをあげ、はまぐり御門に散った来島又兵衛こそ、この遊撃隊総督だった。
 最後まで又兵衛にぴたりとつきそい、みずから盾となって、その介錯を護ってくれたのは、俊輔のひきいる力士隊だったのだ。
 たとえ幕府官軍と萩藩の連合軍を相手にしても、この俊輔の処刑を、なんで見すごすことができようか。
 もはや死をも鬼神をも怖れぬ遊撃隊生きのこりであった。
 だが力士隊生きのこりと遊撃隊の生きのこりでは、総勢はわずか七十人にも満たない。
 赤根総督の奇兵隊に裏切られた。
「おれたちが、処刑されてもいいというのか」。
 長身の晋作の痩せた頬がひきつり、とがった肩がふるえる。
 たった七十人とは。
 唇をかんだこれも長身の俊輔は、はやぶさのような顔が、蒼白になった。かれは孤立無援におちいったときにみせるあの狂気の二重まぶたの眸に、とつぜん、ひどく暖かい笑いを高杉にむけた。
 高杉は胸を病んでいる。この間から咳こみが多い。もう何年も命はない。
 だからこそ、いま病んだこの親友を見すてるくらいなら、たたかってやぶれ、あえてともに処刑台にのぼろう。亡き師松蔭が、俊輔の中にいきていた。
「遊撃隊に、力士隊か。またまたはまぐりご門の二の舞いかよ」
 嘲けって冷笑する赤根総督の声がした。
「なにおーっ。きさま。この場でたたき斬ってやる」
 そのことばにたまりかね、さっと顔色がかわった俊輔が、刀に手をかけて、声のほうに走りよる。
 いっせいにたちあがった諸隊幹部たちが、総督赤根の前にたちはだかり、のこりはうしろから俊輔をつかんでとめる。
 両腕をうしろから大勢につかまれ、赤根総督をにらみつけた俊輔の唇から、血がたらたらと流れた。
「もういい 悲しいのう。ゆこうよ。俊輔」
 見事な鎧を着ている高杉。
 それは京都御所に大砲をうちこんだまぐり御門の攻撃のさなか 敵弾にたおれた来島又兵衛がきていた 遺品の鎧であった。
 高杉はたちあがって、それでも昂然と 功山寺をでる。
 先頭にいるのは、華麗な鎧に身をかためた晋作と 力士隊総督の俊輔、遊撃隊の総督河瀬真孝と参謀の高橋熊太郎、所郁太郎と、馬関奉行を解任されたばかりの前原一誠の六人だ。
 いまはこの七十人で、長州藩の四千の軍勢と、うんかのごとき幕府軍を、相手にまわして、たたかいぬくしかない。
 だれも明日のいのちの保証はない。
 この六人のなかで、維新の明治を生きてやっとむかえ、近代日本のあけぼのをかみしめ、ひた走りにはしったのは、この功山寺の六人仲間が、途上にすべて倒れ、ひとりぼっちになった若い俊輔、ひとりだけだった。
「このひろい世界で、雪だけがおれたちの味方か」
 だれかがちいさくつぶやく。
 それは星も凍りつくような十二月。
 もし晴天の夜道なら、たちまち包囲され、全員は壊滅するしかない。
 包囲せんめつをくわだてている守旧派の襲撃から、いのちを護ったのは、一寸先すらみえぬ、記録的な大雪であった。

 茶屋のそとは、海のうえまで雪である。
 びしょ濡れになって、かけこんできた俊輔が、女の着物をきて、こたつでぶるぶるふるえている。冷たい雪の中の強行軍で、急性肺炎になりかかり、高熱でひとみが赤くうるんでいた。
「たった六人の反乱・・・」
 お梅はおどろきの声をあげ、その俊輔の背をみる。
 もはや、安全な場はどこにもない。
 ここも一歩でもでれば、白刃にとりかこまれるしかない。
 急にあらたまった俊輔は、ひきさがって、着ていた自分の着物を俊輔にきせてくれ、自分は白衣に紅袴の巫女姿にきかえたお梅に頭をさげた。
「すまぬ。この通り。お前までとんでもない窮地においこんで」  
 お梅はなみだぐんで、もえるような熱の彼のからだを、まるでなめるようにして、拭いてやっている。
 待ちこがれていた再会のときであった。
 やつれた俊輔の頬が、すっかりこけ、なつかしい二重まぶたの大きな瞳は熱にうるんでいる。彼をみたとたん、お梅は胸にいとしさがやみくもにせまり、はや、まつげに涙の粒をたたえた。
 あいもかわらず、不運ばかりを拾ってくるばかな俊輔。
 彼女はうしろから頬をよせ、彼の肩を抱きすくめた。
「ちっともかまやしないのよ。俊輔さん。世界中があんたを悪人といおうが、梅は信じない。二人だけの秘密のこの部屋で、あなたと二人で斬られるのなら、あえる日を待つだけの、短い半生でも、梅はどんなにしあわせに満ちた毎日だったか」
「すまんな」
 熱にかすれた声で、俊輔がうめく。
「水くさいことを言っちゃあ、やだ。俊輔さん」
 だきすくめるその声は、恥をかなぐりすてた女の声だった。
 熱にうるんだ目の俊輔は、お梅にむりにほほ笑みかけた。
「いっしょに、死んでくれるのか」
「いいわよ。俊輔さん。いつでも」
 お梅はいとくてたまらぬという眸で、その俊輔をみる。

「お梅。白ダスキした藩士が、八人ほど、わたし場におりたぞ」
 階下から足音がして、ふすまのむこうに、危険をしらせる宮司ののささやき声がして、いそいで降りてゆく。
 どきっとして、お梅の目をみた俊輔の顔に、絶望がはしった。
「来たな。おろかものども。ようし、斬って、斬って、斬りまくって、反逆無頼伊藤俊輔の死にざまを、見みせてやる」
 女の肌着に女の赤い羽織を着た俊輔は、燃えるような目をみせて、よろめきながら、愛刀をひきよせ、ガチッと音をたてて、つかに手をかける。
「待って、俊輔さん」
「・・・・」
 危険の報らせをきいて、烈しい目をしているお梅が、ささやいた。
 彼女はついとたち、こたつの上に大布団をかけ、愛刀を抱いた女装の俊輔のうえから、緋色のその布団をかぶせ、顔に白い布をかむせ、添い寝して俊輔を抱きすくめる。
「いい? 最後くらい、あたいにもまもらせてちょうだい。俊輔さん。あたいが合図したら、刀をぬいて、斬って斬って斬りまくって。そしてあたいも、ここで死ぬ」
 あたりをはばかるささやきだが、俊輔の耳にりんと響く。
 最後はふたりだけの血で飾ろう。お梅なりのかたい意志であった。
 トントンと、先頭が階段をあがる音がして、そのあとにドヤトヤと、息ごんだ足音がする。おうめはふとんの中の乳房あたりに、俊輔の頭をだきこんだ。
「あけるぞ」。                 
 声がして、ふすまが開いた。
 鉢巻きに白たすき、白刃をぬいた袴姿の武士の姿がある。
 布団の中で女装の俊輔の顔に、熱さましの白い手ぬぐいをのせ、添い寝をしているお梅は、いかにも物うげに、うしろをふりかえり、流し目をそちらにくれた。
「あら、神聖なお社の病人の部屋に、ぶっそうな不浄のお姿。なにごとが、おきましたやら・・」
 声はうわずっている。
「げっ。死人か」
 白ダスキは、出鼻をくじかれた。
「みとりは、巫女の仕事」
 古来、神社は聖地とされ、許可なくして、神聖な社で抜刀したり、血で汚すと、神罰がくだるとされ、絶対に禁止されている。
「売国奴が、ここらに潜んでいるはずだ」
 白だすきが踏みこもうとする。
「ちょっと、待って!」
 悲鳴のようなお梅の、鋭い声がひびいた。
 こたつぶとんのなかの、紅袴の下の細い両足は、恐怖でガタガタふるえている。        
「いやしくも、ここはこの国を護るために置かれた神社。売国奴など、ここに一歩でも入るとたちまち、神罰がくだります」
「たかが茶屋娘のくせに、でしゃばって。邪魔をするか」
 白だすきがほえた。
「もし、売国奴がいなかったらどうなさります。宮司さまから、こともあろうに、藩の許可なくして抜刀で乱入して、聖場を血でよごそうとしたお前さまの名を、藩主さまに申しあげ、切腹、家名断絶を申しわたしていただきます。いいのですか」
 絹を裂くような悲鳴ににた抗議であったが、このとき、お梅はまだ十八歳であったという。
 ふとんからはだけていた白衣の胸を、かきあわせておきあがりながら、青ざめて、声こそうわずっているが、命をかけたお梅の抗議であった。
「な、なにお」
 切腹ときいて、鼻じろんだ白ダスキがわめいた。
 見れば白衣に紅袴の、長い髪をうしろに束ねている。
 神につかえる神聖な巫女である。
 巫女は神につかえて、祈祷をしたり、神意をうかがう聖処女とされている。
 白たすきは、添い寝の布団の顔に白い布をかむせた死人をちらとみた。
 派手な着物からさっするに、死人はまだ娘である。
 亀山神宮で、刀をふりまわすには、寺社奉行の許可を必要とする。
 巫女としてのお梅のいうことは、ひとつひとつ、筋がとおっていた。
「どうぞ。その刀で、あたいを斬って。梅は命など惜しんでなんかいないんだから」
 りんとして、ふだんの宮茶屋娘の気やすさはみじんもない。
 俊輔が斬られるのを見て死ぬくらいなら、自分がさきに斬られて死んだ方がいい。これはせっぱつまったお梅の、哀しいほんねであった。
 紅袴の下の、太ももの内がわは、汗がべっとりとながれ、興奮と怖れに、ぶるぶるとふるえつづけている。
 白い布をかぶり、ふとんの中にいる高熱の俊輔は、目をらんらんと光らせ、おどりあがってぬくべく、愛刀のつかをつばきでしめらせる。
 それを押さえているお梅の、心臓の鼓動は、はりさけんばかりに高鳴っていた。
「ちょっと見せてくれと、いっただけだ」
 命を捨てているお梅の声に、白ダスキは、たじたじとしている。
 彼は頭だけ、部屋にいれ、見まわした。
「売国奴が、おりますか」
 お梅の片手は、ふとんのしたの熱い俊輔の肩を、しっかりと押さえている。
「・・・・邪魔したな。おい。みんな」
 ふすまをしめる音とともに、下におりてゆく足音がする。
 危機がとおざかった。
 その足音に、お梅は全身の力が、ぬけておちてゆくのを感じた。
 気がつくと、白衣の内側の肌は、流れるような汗である。
 俊輔が顔の布をとり、緊張した青白い顔をだした。
 ほっとした彼女が、立ちあがろうとした瞬間、うしろのふすまが、また開いた。
 ふすまの陰に、抜刀の白鉢巻きに赤い鹿の子帯のたすきの侍が一人、残されていた。
「あっ」
 悲鳴ににた叫びが、お梅の唇からもれる。
 ふとんの俊輔を背にかくし、よろよろと、白衣に紅袴のお梅がすわる。
 それを見た白はちまきは、手にさげた刃を 鞘におさめ、白い歯を見せた。
「伊藤さんは、藩のためとはいえ、よくぞ、たった数人で、みなを相手に・・・。われわれわかいものは 尊敬していますと、お伝えてください」 
 まだ前髪をおろしたばかりの若侍であった。
「は?」
「敵ばかりじゃないです。いつかは 倒幕の刀をかざして、ともに幕軍のなかに躍りこむ日を、じっと待っている若ものが、数えきれぬほどいますからと、お伝えください」
 目をみはるお梅のうしろで、愛刀をにぎってふせている俊輔の、汗ばんだ手がゆるみ、無言の目が、そのことばに光った。
 あきらかにそこにいる俊輔に、きいてもらうためのことばだ。
 だが一瞬の油断はみせられぬ。
 お梅がうしろにまわした手で、俊輔を押さえる。
「売国奴はしりませぬが、いまのおことば、愛国者の伊藤俊輔さんがきいたら、さぞ喜ぶでしょうね」
 油断をみせぬお梅の、きびしいまなざしに、若者はふかい感動の色をはしらせた。
「どうか、われわれのためにも、くれぐれもおん身をお大事にと、伊藤さんに」
 ちらとお梅の背のふとんに、目をなげた若者は、ていねいに一礼をして、階段をおりてゆく、
 まだ、あどけない恋人が結んだのだのか、白鉢巻きの背に、十文字の赤い鹿の子帯のたすきの、俊輔より四、五歳したのりりしい若者であった。

「もう、みんな渡し場をでたよ」
 とんとんといつもの軽い足音で、あがってきた宮司が、ふすまの陰でささやいて、また階段をおりてゆく。
 ほっとしてふりかえると、俊輔が緊張をゆるめぬまま、刀をかた手にして、おいつめられた手負い狼のような姿で、ふらふらと立ちあがろうとしている。
 それをみたお梅は、乳首がきゅんとかたく緊まってゆくような、いとしさをおぼえた。追っ手が去ったとはいえ、この部屋から一歩でれば、たったいま、目のあたりにしたあの白刃が、はげ鷹の群れのように襲いかかる。
 死は少し間を置いてくれたにすぎない。
 軽いめまいととともに、お梅はしばらく彼を、茶屋の厠にかくまい、社務所からともだちの着物を借りてきて、いかにも亀山八幡にお参りにきた 若い新婚夫婦をよそおい、雪のわたし場を脱出し、その夜、伊勢屋にとまった。

 旅芸人春畝と、宿帳に書いた俊輔は、そばのお梅をみて、妻梅子とかいて、二重まぶたで、ニコッと笑う。
 部屋には燃えたつような、緋色の布団が敷いてある。
「俊輔さん、うめは、今夜から、巫女さんをやめてもいい?」
 俊輔はハッとした。
 処女であることをやめるという意味である。
 彼はじっとお梅の眸をみる。
「そうか。お嫁さんになるか」
「うん。一夜だけ」
 うつむいたお梅は、こっくりとした。
「わかった。ぼくのお嫁さんになってくれ」
 うれしくて、うれしくて、その夜、お梅は夜明けまで、眠られなかった。

 しとっと濡れつづけるお梅の下腹の草むらの奥を、俊輔の舌さきがまさぐる
 ずっとこの夜を待ちこがれていた白無垢の肌は、おしげもなくさらされ、紅をさしているういういしい唇を、うすくひらいて、お梅は目をとじている。
 まぶたの裏に、一面にひろがるまぼろしの春の瀬戸内海は、ひろびろとして果てしなくたゆとう海原である。
 この初夜をながい間、待っていたのだ。
 お梅は肩で息をふるわせ、はてしないまぼろしの春の海をただよう。
 ときどき、うすく目をあけた彼女は、絶えいるようなまなざしで、俊輔をせつなげに見あげ、ふたたび目をとじる。
 まぼろしのちいさな岸壁に、いくつかのさざ波が、ひたひたと押しよせたあと、ひときわ大きい波が、ゆったりとやってくる。
 大波は 岸壁につきあたって白濁し、沖のかなたに、すべるような速さで、とおくしりぞいてゆく。
 お梅の爪先から 頭の芯まで、しびれるような白い稲光りとともに、彼がかけあがる。
 この時を待ちわびて、今夜は、これでもう何回めだろう。
 目をとじたたまま、お梅はつぎつぎに押しよせる波とともに、自分のすみずみにひろがってゆく、じんとした熱い喜びにつつまれ、なぜか、なつかしい思いにあふれ、透明な涙にむせびながら、ただ全身をふるわせた。
 みんなは彼を悪人だという。
 なぜ、わかってはくれないのだ。
 彼はただ自分の論理を 貫いているだけなのだ。
「このまま、あんたに殺されてしまいたい」 
 あおむいて、吐息をもらした彼女は、うす赤く濡れたまな尻を、天井のあちこちに走らせてつぶやく。
「そうか」
 俊輔はつぶやく。
「でなければ」
 お梅の目が、急に光った。
「でなれば・・?」
「いえない。これだけはあたいだけの秘密」
 俊輔の萩の家には、待ち妻のおすみがいる。
 彼をだれかに奪われるくらいなら、自分が殺して食べつくし、彼女の体 そのものにしてしまいたい。
「かわいいことをいう」
「かわゆいのは、俊輔さんの方よ」
「へえ」
「俊輔さんって、あたいのおおきな赤んぼう」
 ういういしい裸身を赤くほてらせ、下からみあげるお梅は、真っ赤な細い蛇になり、すこし顔をななめにして、俊輔の唇に 自分のすべてを、なげいれようとしてもだえる。
 長い黒髪が、あたかも生きているかのように、緋布団にみだれ、彼女とともにうねる。
 恋にぬれる眸をかがやかせ、お梅は狂ったように、俊輔の唇の中に舌をのばし、彼の奥ふかくをはいまわる。
 はた目に、それがどれほど恥ずべき、あられもない姿であろうと、永遠に二人だけのこの姿のまま、時がつづくのを、お梅はひそかに願うのだった。

 時機をうかがっていた俊輔は、下関に散っていた力士隊とともに、下関の萩藩新地会所に夜襲をかける。
 そこにいた大勢の役人たちは、たちまち逃亡した。
 晋作、俊輔らは、そのあと、三田尻にゆき、軍艦三隻を奪う。
 もともと自分たちが苦労して買い入れ、訓練した新鋭軍艦だから、艦長は一も二もなく従った。
 のちに竜馬とともに暗殺された中岡慎太郎は、はまぐりご門の戦闘から いのちからがら脱出していた。
 その慎太郎につきそわれた三条実臣卿の篭が、下関から萩に通じる四郎ケ原宿を、しずしずと通過する。
 晋作と俊輔は 来島又兵衛の遺志をついで、長州に朝廷を設立することにきめた。
 しかしもう防府ではなく、来島の築いた倒幕の藩校で、松蔭が設立宣言を書いた 美祢の友善塾のある伊佐南横町、池田屋で死んだ広岡浪秀の町で、京とは別の 臨時朝廷の設立宣言だ。

高杉 伊藤 久坂 前原 中岡らがくぐった
美祢市伊佐南横町にある奇兵隊評議所の門
 京で新選組に襲われた池田屋の筋、伊佐の池田屋が、新時代を宣言する朝廷の本陣である。
 そこには今も、奇兵隊評議所と大書された、重い鉄釘をうったがっしりとした旧い木造の大扉の門が残っている。
 高杉 山県 伊藤博文 遊撃隊総督、河瀬真孝 参謀高橋熊太郎 所郁太郎・・・・のちに明治革命史にのこる非命で死んだ志士たちが 肩をならべてくぐった門であり 門の外がまだ幕政下であっても その門のうちは すで十数年もさきに 明治時代の青春のうず潮かうずまいていた。
 京都ご所ではない、美祢の新しい朝廷が、ここでいのちの初夜をむかえた。
 あと一歩で 花は咲いたのにと、はまぐりご門で 涙をのんで逝った来嶋又兵衛の夢が、池田屋本陣の奇兵隊評議所に、ちいさな花として咲いたのだった。
 新朝廷は 万事を評議に委ねること。
 新しい御所は、いまの京都の御所ではなく幕府がいる江戸城であると決定された。
 しかし、これが筋書きどおり、やがて 江戸城を御所とする朝廷になるには、ちいさな町のちいさな奇兵隊評議所の部屋で、いのちの初夜をむかえた、この長州美祢の ちいさな臨時朝廷は、だれが考えても少しちいさすぎる。
 高杉や俊輔ら功山寺決起組に、中岡慎太郎らをくわえ、脱藩した各藩の若い力がささえるとはいえ、およそ武士としても、まったくたいした地位もない、たった十四の瞳にしか、かこまれてはいない。
 大軍のわだちがとおりすぎれば、たちまちにして、おしつぶされてしまいそうな、あまりにも弱々しい、道ばたに咲いた はこべの花のような新朝廷であった。

 官軍とは京都朝廷が、長州征伐の勅許をあたえた幕府の大軍のことである。
 俊輔や高杉らの発した とつぜんの新官軍宣言におどろき、「なにを下っぱどもがさわぐか」と、怒りくるった萩藩のクーデター政権が、討伐令をだした。
 だが 俊輔は農民の庄屋の出身であった。
 あちこちの村で、農民達にうわさがとびかう。
 きけば、銃弾のとびかうはまぐりご門で、あえて弾よけになって、倒れた又兵衛をとりかこみ、又兵衛の介錯をした伊藤俊輔の力士隊の生きのこりと、その亡き又兵衛が 総督だった遊撃隊の、生きのこりの勇士の二部隊だけが、無念やるかたなく、ふたたび決起したという。
 そして 風がつたえるところによれば、松蔭が長州で第一級の人物と遺した来島又兵衛を、こともあろうに死なせた京都朝廷は、もはや朝廷として、けっして認めないとして、又兵衛の遺宅のある長州美祢に、臨時の朝廷をつくったという。
 そのうえ、たった七十人で、
「われわれこそが、日本で唯一の朝廷を擁している官軍である」
と、肝っ玉宣言をしているというではないか。
 萩藩を占拠しているクーデター椋梨政権の討伐令は、あまりにもかわらしい美祢朝廷と、力士隊、遊撃隊生きのこりの新官軍七十人の出現に、あきれるやら、うれしいやらで、すっかり悦にいっている小郡の庄屋たちを中軸にした各地の改革庄屋たちを、カンカンに怒らせてしまった。

美祢市伊佐河原町にある諸隊 奇兵隊らの宿営地
 軍艦をうばった高杉や俊輔らの新官軍宣言に、感嘆の声をあげた奇兵隊と王政改革派の諸隊は、おくればせながら、総督赤根を追いだして、あたらしく誕生をむかえた三条卿の朝廷と 若い俊輔や高杉らのもとに、続々とあつまる。
 伊佐の八キロむこう 美祢郡の前線作戦基地社の森にある金鈴社の すぐさきの公園の草むらに 石碑がたつ太田絵堂の坂。
 そのちかくの奇兵隊鉄砲奉行 天宮慎太郎と少年無名戦士たちの墓。
 この山々にひびきわたった最初の突撃ラッパが、なんと 明治の朝があけるまで鳴りつづけた。
 それは幕藩体制三百年に、わかれをつげるラッパのひびきだった。
大田にある大田絵堂戦跡の碑と天宮慎太郎ら
大田絵堂戦戦死者の墓群
大田絵堂の戦さの諸隊本陣だった大田町金鈴社とその案内札
五  夜明けまえ
せっかく武士ばかりで結成した先鋒隊のクーデターで、テコいれしてつくった萩藩幕府派の、椋梨政権はみるみるうちに、三条実臣卿を新朝廷にしたてた高杉の奇襲につぐ奇襲や砲術をまなんだ俊輔のひきいる砲撃隊の大砲に、総くずれになり敗北した。刀や弓は、銃砲のまえには、ものの数ではない。
 椋梨はかって自分が、多くの改革派の首をはねた野山獄で、首をはねられた。
 潮のひくような武士の時代の閉幕とともに、かれは歴史の奈落にきえた。
 これでおとなしくしていればよかった。だが一刻のゆうよはならぬ。俊輔に高杉と聞多は、こんどは下関港をイギリスに開港せよと主張する。
 攘夷藩のなかは、激昂でわきかえってしまった。
 聞きつけた下関港に権益をもつ長府藩士と、攘夷派が、「紅毛に完全にたましいを売った手先、晋作と俊輔と高杉、聞多を殺す」という。
「こんどこそは、藩内にいたら斬られるぞよ」
 目をぎょろぎょろさせて、のっぽの晋作がいう。
「しばらく、旅のわらじをはこう」
と聞多。
 高杉は愛人おうのをつれ、九州の勤王やくざの家に、雲をかすみと逃亡した。
 聞多は湯の町別府に人足すがたで逃亡。灘亀という博徒と親分子分の盃をかわし、毎日賭博場のバクチのゴザで、サイコロをふるバクチうちになった。
 またまたおわれて、ふところに逃げこんできた、あわれな俊輔の顔をながめたお梅は、二ッと笑っただけでなにもいわなかった。
 彼女はあちこちに走りまわり、料亭紅屋のすみこみの酌婦になりすまし、紅屋の離れを借り、俊輔をかくまった。友人たちは俊輔は対馬から朝鮮半島に逃亡したと聞かされた。
 なんと、えんえん四ケ月にわたり、お梅は俊輔をその離れから一歩もださず、雇い主の紅屋すら、ついに離れの俊輔に気がつかなかったという。

 そんなとき、頭上で雷雲がとどろくような衝撃が、このくに、防長をおおった。
 クーデター政権が倒され、萩藩が倒幕派政権になったときいた幕府が、官軍に対する恭順の色なしとして、第二次長州征伐を開始するという。
 長州譜代の重臣である三家老の首をうばったうえの幕府の、執念きわまる追い打ちだ。
 藩主定広は宣言した。「防長二州の国難、ここにきわまる。もはや抗戦あるのみ」と。
 藩内は 嵐の前のように静まりかえり、もう内紛どころではなくなった。
 そこへ薩長連合の密約をすませた桂小五郎が こっそりとかえってきて、王政改革派一同が集合しようということになった。
 朝鮮半島に逃亡したといわれていた俊輔が のこのこと下関の遊郭の町からでてきたとき、改革派の志士たちは、なにもいわずに みんなの間を、ニコニコして、お酌をついでまわっていたお梅が、まるで女神のように気高くみえ、ただ粛然としたという。

 全国のあちこちから、長州征伐軍をおこした幕府連合軍は、広島経由、大島郡経由、島根経由 小倉経由と四方面から、防長二州になだれこむべく、四ケ所それぞれに、軍勢がぞくぞくと集結している。その数は十万か十五万人の軍勢だ。
 むかえ撃つ長州は、わずかに四千人である。
 慶長二年の春、田植えが終わった田は、緑の絨毯のように、稲がよくそろっていた。
 風がうごくと、葉うらの波がひるがえり、緑の波のうねりが、ひとしお美しくはしった。
 新しい時代がくる。
 にわかに 村の中堅庄屋を柱にした農民一揆が、全国各地で発生した。
 情報は風であった。
 そして反乱は緑の波であった。
 風や農民には、国ざかいはない。
 今までのように藩相手の反乱ではなく、幕藩体制そのものに、手のひらをかえした農民ゲリラの群れが、国境をこえて、風のようにはしる。
 情報に敏感な各地の庄屋を中心に、反乱は突然、おおきく波をうちながら、いきもののように、全国にひろがりはじめる。
 そのうしろには、時勢にはまったくあわぬ武家の法度で、自縄自縛になっている政権の、交代をのぞむ強力な豪商たちがいた。
 幕府連合軍は、総勢約十万か十五万人の軍勢と豪語している。しかし全国各藩は、とつぜん国ざかいをえて、はてしもなくひろがってゆく農民ゲリラの波が、自分の藩に何のあいさつもなく、どんどん侵入してくる。しばらくしてやっと去ったと一息ついていると、また遠くから、だんだん押しよせてくる。
 その反乱の波の対策におわれ、みなクタクタになり、もはや、長州征伐どころではなくなっていた。

 その少しまえの、早春の稲荷街のできごとである。
 延宝年間に書かれた色道大鏡によると「下関の稲荷町に揚げ屋三十二軒あり、大阪の三十五軒につぐなり」とある。
 おなじく 江戸時代に書かれた長崎行役日記によると「下関の稲荷町というところに、芸者の待ちあいがある。そのなかに歌舞伎劇場が三軒もあり、銀貨を三百匁だせば、すぐに舞ってくれる。その夜、さいわいにも大阪屋歌舞伎劇場にて興行があった。なんと舞台は江戸の湯島天神の劇場の、それよりも広く、衣装は堺の劇場にもおとらず、錦織を着ている女優もいる。浄瑠璃の義太夫は、富士見西行で、悪方、あらごと、遊侠もの、法師もの、やっこまである。
 芸者を揚げてあそぶ揚げ屋の、案内人が見物人を案内するのがたて前だが、案内によらない見物人は、押してはいろうとして、押しあいもみあい、なかには喧嘩になるものもいる。見物桟敷は三百人。菓子をうる売店もあり、番づけをうる売り子などが、桟敷を立ちめぐりあるく、待ちあいの中とは、思われない豪華な風景だ」とある。
 おどろいたことに、幕府は女優を厳禁したのに、ここはのちの宝塚の源流、男装の麗人の女優歌舞団である。そして歌劇場の舞台は、日本一のひろさを誇っていた。
 藤本箕山は、「傾城の長の屋造りは田舎めかず、廓内は爽やかにして簡潔なり。傾城の風義のよきこと、ここは西国随一の女たちなり」と記録し、ここをたずねたシーボルトは「うるわしの肌を、好みの戦士にのみ、投じるその姿は、西洋のわが邦における美しき令嬢というべき特権をもてり」と書きのこしている。
 大阪の三十五軒につぐといっても、下関には堀と塀でしきられ、監視された篭の鳥の女たちが閉じこめられた、江戸の吉原のような売春の遊廓ではない。 
 まだ江戸の新橋や柳橋の芸者が、さほど有名ではないこの頃、町の中心の赤い鳥居がぎっしりとたちならぶ稲荷神社を中心に、無数の商家の中に、長州芸者とよばれる一流芸者たちの高尚なたたずまいの楼閣が、あちこちにあった。
 宴席ではここはいつも、遊女が上座にすわる。
 武士の妻もふだん素足であるのに 遊女たちは 平素から白足袋をはいていた。
 武士の娘は、行儀みならいに、ここにかよう。
 最近の歴史学では 日本の伝統文化の粋を 推進してきたのは遊郭で 遊女こそ そのトップ女性たちであるとするが 武士の娘は 茶、花道、日本舞踊、はては和歌、俳句まで、女性としての教養を、ここで芸者たちにきびしくしつけられてきた。下関遊女はいわゆる当時の女学校教師でもあった。
 その中のいろは楼に、しっとりとした気品にあふれ、美人画からそのままぬけでたように ひときわ華麗な、芸者姿の梅子に転身したお梅がいる。
 梅子は大阪から先物買いにくる豪商たちの宴席によくすわった。
 彼女が上座にすわるだけで、大商人はホウと目の色がかわる。
 透きとおるように、みがかれた女の姿が、そこにあった。
「梅子ときたら、どんな富豪に言いよられても、ほほえんで見せるだけで、決して首をたてにふらない。部屋は二階の奥にあるが、そこにはまだ、どんな男も一歩も入れてもらった者がない。
「あの身もちのかたさは、よほど入れこんだ男がいるのだろうな」
 もっぱらの噂である。
 しかし梅子は 胸にひめた男の名を、だれにもあかさない。
 俊輔には れっきとした妻のおすみがいる。
 一夜妻のあの夜をわすれられぬゆえに、女としての一抹のさびしさを、隠しきれない梅子であった。
「あれはいまに、未来の三国一の花婿のところに とつぐのでさ」
「三国一の花婿ってえと・・・?」
「さあ。なぜかしら 悪運ばかりひろって、いつも刀をふりあげた連中に、追いかけまわされている男に、ぞっこん惚れぬいて・・」
「へえ・・・そんな男が、どこに・・・」
「さあ、ねえ。梅子にきいてごらんなさい」
 そういって笑うのは、中津屋であった。
 言いよる男をはねかえす権利が、梅子にはある。
 すぐちかくの安徳帝をまつる赤間神社は、阿弥陀寺といい、女が過去から 縁をたちきるための、女の保護寺であった。
 ここで 過去と縁をきった女は、わずらわしい過去から、追われることはいっさいない。
 赤間神社は女の背後にたち、自立の証しをする神社であった。 
 兄が梅子につきまとうのを知った中津屋は、赤間神社に 梅子をつれてゆき、彼女との縁をたちきり、みずから養親をなのる。
 もはや 世間のどんなしがらみからも自由な女、梅子であった。
                
 稲荷町のまんなかに稲荷がある。
 細い参道には、赤い鳥居が何十と立ちならんでいて、二人だけで手をつないで、それをくぐりぬけると、その恋はかならず成就するという。艶色のあでやかな恋の町にふさわしい伝えである。
「いまから、あなたは、のるかそるかの生涯、芸者のわたしなどに、かまっていては」
 その鳥居のトンネルの中での、俊輔のプロポーズに、おくれて歩いている芸者すがたの梅子がいう。
「小倉だけでも、九州から二万の幕府軍があつまっている。生きてはかえれないかもしれないから」
 冬があけたばかりの、稲荷の赤い鳥居の下は、落葉がおりしいていて、早春のつめたい風がふくと、落葉は枯れ木のように屹立して腕をくんで歩く、俊輔の背に舞った。彼は頭上の鳥居の横木をかぞえるように、ゆっくりと歩きながら、そうつぶやいた。
「でも、あたいはしがない芸者の身だもの」
 俊輔はとつぜんたちどまり、ふりかえって、梅子をみる。
 はじめて亀山の茶屋でであったあのとき、まだ少女の梅子がみた、人の胸を射ぬくようなあのはげしい双眸である。
「それがどうした」
 梅子はうつむいた。
「・・・・」
「顔をあげろ。梅子。そして俺の目をみろ」
「あ、あい」
「思いだせ。少女のお前をまっぱだかにして、そのからだに何回、白もめんをまいたか。逓をもっていて見つかったら、お前は死しかなかった。離婚した妻のおすみのからだに、逓をつけて白もめんをまいたことはない」
「・・・」
「宿帳に妻と書いた伊勢屋の夜、お前に巫女をやめさせたのはだれだ。そして、その夜、おれはお前のどこに、この指でふれた」
「ああ・・・」
「前から決めている。このたびの倒幕のいくさは、生きてはかえれないかも知れないが・・・」
 俊輔はふいにだまった。
 頭のうえの鳥居を、ぼんやりとみている。
 鳥居のうえは、春の浅い海峡のひいやりとした風が、わたっている。
「俊輔さんが死んだら、あたいも死にます」
 うつむいた梅子が、ちいさい声でつげる。
「なぜだ」
「なぜって・・・。なぜ、そんなむごいことをきくの」
 俊輔をみあげた梅子の声がふるえる。
 彼女はみるみるうちに泣きくずれ、たもとで顔をおおいながら、鳥居の下の石づくりの道にしゃがむ。
 枯葉が風に舞いあがり、一枚が梅子のえり足におちた。
「・・・・」
「なぜ、わかってくれないの。もし、あんたが、あんたが死んだら。梅はもう 生きては、おられないじゃないの・・・」
「じゃあ。おいらのいうとおり、式をあげてくれよ」
 梅子はたもとから 涙の光る顔をあげて、えりに落ちた枯葉を、とってくれる俊輔をみあげる。
「いいの?。あたいのような、どこの生まれかわからぬ芸者でも。俊輔さん。あなたは困らないの」
「ばか。いつか話したじゃいか。ほれ。海のむこうのシンデレラっていう物語を」
「シンデレラ?」
「お前、あのとき、シンデレラになりたいなって、いってたじゃないか」
「でも・・・。」
 枯葉をゆびさきにみつめながら、俊輔は梅子に、背をみせてしゃがんだ。
「梅子。おいら、まだあどけない少女だったお前の肌に、白もめん巻きながら、なに考えていたと思う」
「・・・・」
 梅子は俊輔のたくましい背をみつめた。
「心のなかで、いつも思った。もしだ。もしも、おいらが生きのこれたら、おいらはかならず、この娘をシンデレラにしてやろうと」
「俊輔さん」
 男の背にとりすがろうとする梅子。
「梅子」
 ふりむいてその梅子を、だきすくめながらたちあがり、俊輔は目で問いかける。これも目でこたえ、よくそろったまつげをとじる梅子。
 ふたりは婚約の唇を、そっとかさねる。
 近くは稲荷町の繁華街のとおりである。
 だが建物のかげにひそむ静かなこの細道に、ひしと抱きあい、目をとじて唇をかさねあって、はなれぬ若い二人をとがめるものは、だれ一人いなかった。
 ちいさな赤い鳥居が、びっしりとたちならぶこの細道の参道は、赤いトンネルであった。
 はいるときは、それぞれ離れていた俊輔と梅子の二人は、鳥居の赤いトンネルをくぐりおえたとき、いつの間にか、ぴったりとよりそい、手をしっかりとつないで、恋の稲荷の階段をあがっていた。

 慶応二年四月、かって高杉の愛人おうのとともに、亀山八幡の茶屋で黙々と立ちはたらいていた、神につかえる聖処女梅子は、俊輔とささやかな結婚式をあげた。俊輔は二十六歳、梅子はやっと二十歳であった。
 梅子の親がわりは、王政派商人の中津屋であった。
 彼女は俊輔を刺客からかばい、転々と居所をかえた。
 それは他人からみれば、白刃の上をあるくような、生命の危険にさらされた青春である。
 しかし、のちに鹿鳴館の花といわれるころ、彼女が明治天皇に語ったところによれば、「ただ夢のようにすぎさった青春であった」という。
 ひたむきとしかいいようのない 俊輔への愛だけに生き、はりつめた琴の一筋の糸のように、彼女はふれれば美しい音をたててふるえる乙女であった。むろん 家柄もなにもすて、ただ愛をつらぬいた俊輔の男らしさもある。だが彼女の胸に 息づいていたものは、生命そのものとしかいいようのない、海峡をひたひたとひたす海のように、はてしない愛であった。
 三々九度がおわり、座がゆるんだ。
 おのろけの一言をと、梅子は俊輔の友人たちに求められた。
「わたしの命の、つづくかぎり・・・・」
 それだけいうと、やっと二十歳をむかえた梅子は、いきなりかわいらしくうつむいたまま、ぽろぽろと涙をこぼすばかりで、ことばがとぎれたという。
 金らんどんすの花嫁すがたの唇がふるえ、涙ばかりで、口のきけぬ梅子をそばてみていた俊輔が、脇差の小づかをぬいて、自分の紋つきの下の小袖を、切りさいた白い布きれを、梅子の手にわたす。それを手にした梅子は、うなずいて、頬からつたい落ちる銀色の小粒の涙をそっとふく。
 それを見て 感動したみんなの 鳴りやまぬ拍手がわきおこる。
 異様な結婚式であった。
 花むこの俊輔をはじめ、座にいる紋つき姿のだれの目も、うかつにちかずけば、はじきとばされそうな、追いつめられた黒豹のように、ぎらぎらとひかっている。 
 目のまえの海峡のむこうは、すでに二万をこえる幕府軍が集結して、戦端開始の日が刻々とせまっている。
 いくさに敗北すれば、全員に断首の刑がまっている。
 たとえ勝ちのこるにせよ。花むこの座にいる俊輔をはじめ、この中で生きのこれるものは、何人いるかわからぬ。
 おうのをつれ、上座にすわっていた高杉晋作が、とつぜんたちあがって、いきなり刀をぬいた。
 それをみつめている親友たちが、つぎからつぎへと刀をぬいてたちあがる。
「うおーっ」
 けだもののごとく 晋作はほえ、刀で天井をつきさす。ひくい天井を切っ先がつきぬける。それをみた全員が 咆哮して、それぞれ切っ先で、天井をつきさした。
 みるみる数十本の白刃が、天井からぶらさがった。
 そのまま、また 広間の天井が、ゆれるような拍手がまき起こった。
 列席したおうのは、座ったまま、晋作をみあげる。その目には悲しみが秘められていた。晋作の胸にもやり場のない悲しみがある。
 俊輔を弟のように可愛がった高杉晋作が、労咳でわずか二十九才の息をひきとったのは、一年あとのこの日の数日ちがいだった。

 幕府が倒れたときいて、もっとも驚いたのは、ほかならぬ倒幕の先頭にたっていた改革派の志士たちである。
 倒すのもむつかしいが、手本もない新しい世紀を創りだすのは、その何十倍の苦悩がともなう。
 明治を創る人々の、時候のあいさつは「悲しいのう」という一言であった。
  農民から新宰相にいたるまで、だれひとり、全知全能の神はいない。
 全知全能どころか、月では兎が餅をついているというたぐいのその知識は、西欧人の前には、あどけない幼子にひとしい。
 そのために、周辺の国にも数しれない痛みもあたえた。
 なにしろ、いまではこどもでもつかう、自由という単純な近代語ひとつが、もつ意味さえ、みんなあつまり、いくら議論してもわからない。
 ついにそのことば一つのために、西欧にゆき、自分の目でみて、自分の耳できいて、学ばなくてはならない。
 どこを向いても、植民地化した広いアジアのどこにも、手本のない新しい時代を、二言目には ただ「悲しいのう」とぼやきながら、ときとしては、生命をうばわれてしまう模索の時代だ。
 明治とは、筆舌にあらわせぬ苦悩の時代であった。
 何十年もあとから、その時代の人々のおろかさを、批判するのはたやすいが、いつの世でも、結果として、明日どんな時代が到来するのか、そんなことは、神ならぬだれにだってわかりはしない。
 若い日、たたかうものは、だれもみな、ひとしく美しい。
 わすが十六才の少年天皇を、かこんだわかものたちは、霧にとざされたアルプスを進むような日々、ガスにまかれて、何回となく紆余曲折し、そのたびに 口角激論におよんでは、また未踏の峰にいどんでゆく。
 未知への挑戦をつづける彼らを支えたのは、まったく根拠もない、しかし明るい楽天的な確信であった。
 梅子はこんどは、鹿鳴館の花といわれるほど、自分を酷使する。政党政治を主唱する政友会の俊輔は、軍人専制政治をとなえ、俊輔らの政党政治を憎悪している山県とは、ぬきさしならぬ対立のなかで、まっこうから対峙している。それがかって生死の危機をともにした村塾の友である。
 はげしい嫉妬と羨望にかこまれ、自由な時間のない毎日は、だれでもつらい。わからぬ外国語にしばしばとまどい、自宅にかえってから、鏡台をのぞいた梅子は、なみだくんで「悲しいのう」と、よくひとりごとをつぶやいた。
 おうのと亀山八幡ですごしてた、静かな日々がなつかしい。
 だが世は、彼女が生命の危険を、なんどもかけたあの逓をとり、逓信省になった明治なのだ。
 ふりかえってはならぬ。
 彼女はついに 一度も過去をふりかえらず、ただひたむきに生きた。

 庭上の一寒梅、笑って風雪をおかして咲く。あらそわず、また努めず。おのずから、百花のさきがけを占む。
                               (漢詩・新島嚢) 
                                         
 おわり
           
          
自分のうまれそだったふるさとを 愛することのできない人は 
                     他人のふるさとを愛することができない。
   
                                     
資料提供
下関市勝応寺 
亀山八幡
赤間神宮
大和町企画課
真鍋篤一郎さん(厚狭郡楠町・郷土史研究者)
沢忠宏さん(下関市海事史学会員)・
吉井朱美さん(防府市)
ほか新選組に関する記録
  




      

  
                                            
 
 

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